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 聖太鼓の会は、新しい文化の創造と町の活性化を目指し、平成2年に結成された創作太鼓です。絶妙なリズムと勇壮かつ華麗なバチさばきで、町内外の行事やイベントに出演、より高い和太鼓の感性を目指し、頑張っています。

 元亀元年(1570)、豊前豊後の藩主大友宗麟との合戦で、鍋島平右衛門清久が鬼の面とシャグマの毛を冠らせ、夜襲をかけ敗走させた。鬼の面をつけた兵士がうれしさのあまり踊り明かしたのが 起源だといわれている。  下潟の面浮立は、踊り手は全て女性で、鬼の面をかぶり、羯鼓を吊して、笛、鉦、太鼓の囃に合わせて勇敢に踊ります。

 不動寺地区の皿踊りは、江戸時代の中ごろ、雨乞いのため皿踊りを奉納したところ、まもなく雨が降ってきたという。  皿踊りは、10〜20人の婦人が両手に小皿を二枚ずつ重ねて持ち、笛太鼓にあわせて踊ります。

 中島地区で江戸末期頃から伝えられ、その年の不作の折、奉納踊りとして神社で踊ったのが始まりです。相撲甚旬とその替え歌が歌われます。  豊作祈願のお祭りにも演じられますが、この踊りは土地を固める意味があるので新築祝いにもよく招かれています。

 大正4年(1577年)今より四百数十年前、龍造寺隆信公隆盛の時代に須古隆城に詰番し、遊興を企て、詩、歌、管弦を供し歌舞伎を仕立てて、 17、8の美女に踊らせた。人々は、涙を流して感嘆し、この時から須古踊りと呼ばれていましたが、現在は大町町小通だけに残っています。