平成10年に調査。飯洞甕上窯は、北波多村大字稗田字帆柱の通称「鮎帰り」という岸岳山麓の檜林の中に所在し、そのすぐ下を渓流が流れている。その北方約50mには、同下窯が存在し、両者とも丘陵の西斜面に位置する。
上窯の勾配角は約16度で、下窯の15.5度と近似する。
今回の調査では、上部の2室を検出したが、その下方にはさらに4から5の焼成室が存在すると推定され、全部で7室程度の登窯と考えられる。また上から4室目と5室目の分焔柱が表土上で検出されているが、その間隔は約3.5mと長く2室に分かれる可能性がある。
胴木間及び下の数室は、道路により切り取られているため、
最上室は、奥行約220cm、幅225cmを測り、煙出しの分焔柱は6ないし7本で砂岩割石を芯に、粘土を巻いて作っている。
2室目の法量は、奥行231cm、幅224cmで、上下隔壁の分焔柱の数もともに7本である。隔壁は砂岩系の割石を横に積上げ、粘土で積み込めて仕上げている。火床鏡は皿屋窯と同じく、その上面から前面にかけて粘土を貼っており、火を良く受けてガラス化し、ハマや皿が釉着していた。
出入口については、最上室は下から向かって右側に、2室目は左に設けられているようである。窯壁の外側には上屋の柱穴と思われるピットが存在するが、側溝は検出されなかった。また、縦断面を観察すると、飯洞甕上窯は同下窯や皿屋窯と比べ焼成室間の段差が小さく、火床の凹を考慮から外すと焼成室の床面は上室から下室まで、ほぼ直線に通っている。 |